ウィッチは窓の外をみた。見る必要もなかった。予想通り、白く薄暗い。
「今日も、雪」
それも豪雪、猛吹雪。
ここ数日は雪に閉ざされ、外出を諦めざるを得ない天気が続いていた。当然買い物はできないので食料や燃料は備蓄を崩しながら暮らしている。
「もっと早く用意しておけば良かったですわ……」呟きは冷たい空気に消えていく。
備蓄食料が底をついたわけではない。
「シェゾったら、何なら喜ぶのか、さっぱり見当つきませんけど」
今日は恋人の日、らしい。誰が始めたのか、恋の相手にチョコレート菓子などを贈る習慣の日、らしい。相愛か片恋かどうかは関係なく贈るもの……らしい。
ウィッチは毎年何らかのチョコレート菓子やそれに代わるプレゼントを(悩みながら)贈っていたのだが、今年は数日前から続く降雪のために準備し損ねたのだった。
シェゾと仲の良い友人……は思い浮かばないが、交遊のある人物を何人か思い浮かべる。イベント好きな彼らは、彼にチョコレートを贈るだろう。
自分だけチョコレートの用意がないのは、気が利かないみたいでなんだか悔しかった。
お茶でも淹れようかと立ち上がったとき、玄関から物音がした。
凍りついたドアが開いてしまったようで、バラバラと雪の欠片の落ちる音が続く。
とうとう雪の重みに耐えかねてドアが壊れてしまったのか、誰の助けも得られないこの天候の中、困った事態になった。
玄関の方向から外の強い冷気が押し寄せてくる。どうしたものかと悩みながらウィッチは玄関に向かった、そこには黒いかたまりがあった。
よく知った黒いかたまりは僅かな声量で言った。
「……入れて、くれ」
――入れてくれって言ったって、あなたもう入ってるじゃないの、凍りついたドアをこじ開けて。
あらゆる行事や慣習をさっぱり忘れているこの男が、まさか自分からチョコレートをねだりにきたとでもいうのか?
雪が入ってきますから戸を閉めてくださいな、と言おうとして気がついた。シェゾは手を握るでもなく開くでもないでいて、末端部の細やかな動きが殆んど失われている。寒さのためにまともな感覚がなくなっているのだろう。視線を上げれば顔もひきつっている。
(これは相当参ってますわ)
感覚のない手に無理やり力を入れたから、ドアのあけかたもあんなに乱暴だったのだ。
ウィッチは、代わりに玄関の戸を閉めてやった。
「ここは冷えますから、奥の暖炉の側へどうぞ」
遭難者には暖炉の傍の椅子を勧めた。凍傷は急激に温めてはいけないと聞いたことがあったから、椅子は暖炉に近づけ過ぎないようにしたつもりだけれど、これで大丈夫だろうか。マントや髪に貼り付いて凍っていた雪が室温で溶け、水滴が落ちてきていたのでタオルを貸してやった。
ウィッチは実験場(兼調理場)に入る。
ちょうど自分も飲みたかったところだし、温かい飲み物をいれてやろう。
ウィッチは茶葉の納められた棚をあけて、茶葉の隣のものに気がついた。そうだ、これならあった、チョコレート。
カップをふたつトレーに載せて暖炉のそばに戻ると、シェゾの顔は強ばりがとけ、幾分血色も戻っていた。
「すまない、正直助かった」
シェゾはようやくまともに口が動くようになったようだ。
遭難同然なんて醜態を晒したあげく素直に礼を言うなど、彼にしては珍しいことだ。いつもの態度を保つのを忘れてしまうほどに、心細かったのかもしれない。
ウィッチはカップをひとつ、シェゾのそばのサイドテーブルに置いた。
「どうぞ。温まりますわ。手がちゃんと動くようになったら召し上がりなさいな」
そう言って、ウィッチも隣の椅子に腰掛けて、もうひとつのカップに口をつけた。ホットチョコレートの温かみと甘味が伝わって冷えが溶けていく。
「雪がやむまでここにいてかまいませんわよ。買い出しに行けないので、大した食事のおもてなしはできませんけども」
最低な天気だし、恋人の日らしい贈り物も用意できなかったけど。ひとりじめできるなら、今年のバレンタインデーはそう悪くない。
『どこかのダンジョン探索を終えて外に出てみたら猛吹雪で詰んだ闇の魔導師さまが、魔女さんに救助される話。
内容はpixivや同人誌に掲載したものと同じです
作品初出の日2014.05.05 サイトでの公開日2016.05.22 みん コトニエイ