春の鞄





「もーっ何度いったら解るんですのっ!?」
「いや、だから…」
「だからもなにもないですわっあなたは! そんなので倒れたら『闇の魔導師が栄養失調になった』って言いふらしてやりますからね!」
「大丈夫だから…」
「ど・こ・が!大丈夫ですの? 朝ごはん昼ごはん抜きで、しかもそれが2,3日続いて、それでヘーキなら人間じゃないですわっ。 ……まさか路銀が乏しくて食事も満足に摂れないってわけじゃないのでしょう?」
「金には困ってないけど、面倒」
「…決めましたわ」
「何を」
「今からわたくしの家に来なさいな。おばあちゃんも久しぶりに顔を見たいっていってましたし。 ほら、行きますわよ」
 ずるずると。
 引きずられるように魔女たちの食卓まで案内されることになってしまった。
 ふらりと入った魔導関係の遺跡から出てきたところをウィッチに捕獲され、生活(主に食事)の状況を問いただされ、西の塔へ連行。…実はいつものパターンだったりする。
「他人に借りを作るのは好きじゃない」
「ばっちり返してもらうつもりですからご心配なく。わたくしの実験の助手やってもらいますわ」
「……………………オレはまだ死にたくない」
「どーいう意味ですのっ!?」
「死にたくはない…が。大目に見てやるよ。見習いだしな」
「ぅぐぅぅっっ…わたくしまだ13歳ですものっ。これから伸びますわ」
「ふーん。どうだか」
 ギャーギャーいがみあうふたりに驚いて小鳥たちが飛び去って行き、テノリゾウはおろおろしながらふたりについてゆく。
 やっぱりいつもとかわらぬ光景であった。




「いらっしゃい」
 にこにこ、にこ。
 自分の魔導力を奪おうとしていた人間に向ける笑みなのだろうか、これは。シェゾは笑顔の奥に何かあるような気がしてよけいに構えてしまう。しかし、すでにシェゾ自身はウィッシュをターゲットから外しているし、ウィッシュもそれとなく知っているのだが。
「もう少しかかるから、ちょっと待っていなさいね」
「では、薬の材料探してきますわ、おばあちゃん」
「気をつけて」
 それだけいうと、かっぽうぎ姿のウィッシュは奥へ引っ込んだ。
 いつもは改めて認識する機会もないが、シェゾもウィッシュも魔導によって今の姿を維持しているのであって、実際にはウィッシュはシェゾより遥か年下である。ウィッチが「おばあちゃん」と呼んでいるのもあるかも知れないが、なんとなく年上に対するような意識がある。
「なにしてますの?行きますわよっ」
 袖を引っ張られていたのにはじめて気が付いた。
「ん、ああ…いくか」
 テノリゾウを肩に乗せ、後に続いて塔を出た。




「では、目玉草を少しお願いしますわねっ。わたくしは犬顎菊を探しますから」
 ウィッチは、魔導ショップのようなものを開いている。魔力の宿った武器や防具なども少々扱うが、主に扱うのはアクセサリーや魔法薬など。もちろん薬の調合に使う材料などは自分で探さなければならない。これが骨の折れる作業で、ホウキにまたがり上空から見当をつけた後ひたすら地面を這い回ってやっと収穫するのだ。
「今日はちょーっと調子が悪いですわね」
 ぶちぶちと不平をもらしながら、それでも草花を掻き分け続ける。魔法薬の原料となる薬草など雑草のように生えているわけではない。散々探し回って見つからない日も珍しくない。麗しき魔女たちの実態もこんなものだ。
「誰にでも簡単に見つかるものなら商売として成り立たんだろ。 …ほら、ひとつあったぞ」
 このままご機嫌ナナメになられると面倒と思ったか、シェゾはたしなめつつ目玉草を差し出した。…が、やや逆効果になったようだ。
「大ぶり、ですわね」
「ん?」
「お礼は言っておきますわ。…さて犬顎菊…」
 拗ねた。薬草探しには苦労するのに、シェゾがあっさりと見つけてしまったからだ。
 拗ねたこれほど厄介なものは無い。しかも、拗ねられるとこちらが悪いような気になるから不思議だ。
「でも、今日は許してあげますわ」許されるも何も無い。
 今日は珍しくすぐに機嫌が直った。
 彼女はそのまま草花を掻き分ける。
「あ、見つけましたわ」
 摘み取った犬顎菊を手に提げたカゴに放り込み、立ち上がる。そして屈んだままのシェゾの胸にカゴを押し付けた。
「夕食代はもちろんいりません。持ってくださいますわねっ?」
「あ、おい…。もういいのか?」
「足りない分は今ので補いましたわ。あとは調合でもしながら待ってます…さ、帰りましょう」
 来た時と同じように、ウィッチはさっさと歩き出す。シェゾも立ち上がった。すぐにテノリゾウを忘れていることに気付き、カゴへ拾い上げてまた後へ続く。
 ウィッチは機嫌が良いようで、普段の何かにつけて反発する態度が見られない。もともと彼女の感情の変化はかなり単純だが、足取りは軽やか、ハミングまで聞こえる。喜怒哀楽の差は激しい彼女だが、それでもいつもは魔女のプライドのために澄まして歩いていなかっただろうか。季節は春だが、今の彼女の周囲にはヒマワリすら咲きだしかねない。
 塔を出てからずっとこんな調子だ。薬草探しに来る道でもこうだった。
「…おい。何かいいことでもあったのか」
「そう見えます?」
 ふふ、と笑って振り返る。
「ほんっとーに忘れちゃってますのね」
「何を」
「ちょーっと遅れちゃいましたけど。3月。思い出しませんこと?」
「遅れた?3月…あ」
「『誕生日』!自分の誕生日忘れる人もそういませんわよね」
 行事に関心が無いシェゾには、よくあることだ。去年も忘れていたのをウィッチは覚えていた。
 誕生日からずっと探していたが、今日までずっと見つからなかったのだ。
「これ、あげますわ」
 差し出されたのは可愛らしく包装された焼き菓子だった。かすかに緑色が混じっているのが気になる。
「ああそれ。韋駄天草入りですの。ドーピング効果もばっちりですわ」
「…らしいな」
「なにか?」
「別に」
「笑ってませんこと?」
「…いや、別に」
「やっぱり笑ってますわっ!何がおかしいんですのっ」
 シェゾの腕を揺さぶりながら叫び、はずみでテノリゾウがカゴからこぼれ落ちる。春の夕暮れに風が吹く。
「夕食も招待されて頂きますわ。おばあちゃんが準備して待ってますの」
「そういうことだったか」
「ええ。しっかり食べていただきますわ」


「あなたがいるということを、祝う日なんですからね」






本館に上げていたものを多少修正しました。