追憶

デビルフォース3 レニスとラウラ。

※ご注意※

レニスが喋ります。

オリジナルキャラクター(レニスの母)が登場します。

架空の精神障害の描写があります。

野性動物が撲殺されるシーンがあります。

同人イベントで無料配布したものです。

 およそ十年前、全世界を平らげるかに思われた大きな戦争があった。戦争により荒廃した世界で、今は僅かな財産と実りを奪い合う紛争が各地で起きている。

 レニスの住むギアナ王国は、大戦争による被害の少なかった幸運な地である。紛争も比較的少ないのだが、全く無縁というわけでもなかった。

 ギアナ国境付近の村で紛争が起こった。村付近まで所用で母と共に訪れていたレニスは、もし巻き込まれていたらと想像して青ざめた。

 同行者の母は、紛争は終わったようだから様子を見に行こうと言った。その村で助けを必要としている人がいるかもしれない、というのが母の弁だった。

 母は親切で慈愛に溢れた人と評されている。しかしお節介が過ぎると陰口を叩かれることもある。母は自分のやりたいだけ世話を焼きすぎるからだ。

 レニスは気が進まなかったが、しぶしぶ母について行った。母は戦場となった村のはずれで孤児を見つけるなり、引き取って世話をすると宣言した。レニスはやはり気が進まなかったが、反対はしなかった。

 少女はレニスの家に引き取られることとなった。

 レニスは反対しなかったことを後悔した。その孤児は、異常をきたしていたからである。

 

「名前を尋ねてもはっきりしないの。だから名前をあげようと思って。フェネラ、ってどうかしら」

 そういって母は少女に微笑みかけた。

 フェネラという名にレニスは聞き覚えがあった。母はレニスの前にひとり子を産んだが、その子は生まれて間もなく亡くなった。姉にあたるその人物に、レニスは当然会ったことはない。その子の名前がフェネラだと聞かされていた。

 その名を与える行為は、母にとって引き取って世話をする覚悟のあらわれなのだろう。

「よろしくね、フェネラ」

 母は少女に呼びかけた。

 レニスもフェネラ、と言おうとしたが、気持ち悪さを感じて言えなかった。

 かわりに

「よろしく」

 とだけ言った。

 

 少女が家にきて初めての朝食のあと、母はレニスを呼んでいいつけた。

「レニス、この椅子を窓際においてちょうだい」

 レニスは椅子を運んだ。母は次の仕事をいいつけた。

「フェネラをそこへ座らせて」

 少女は寝かせておけばいつまでも寝ているし、座らせておけばいつまでもそのままの姿勢で座っている。意志が存在しないかのようだった。

「ベッドに寝かせておいたほうが安全なんじゃないかな」

 座っている間に姿勢が崩れて椅子から落ちたりしないか、また寒い暑いを主張しない少女の体温調節を、レニスなりに心配したのだった。

「あら、座っていることができるのにもったいないわ。そうしたほうがフェネラのためよ」

 こうして、少女を移動させるのはレニスの仕事になった。日中は窓際の椅子に座らせる。食事の時はテーブルにつかせる。夜になるとベッドに寝かせる。毎日これを繰り返した。

 少女は上の空なだけで自立歩行できるものの、あまりにも受動的なので、歩行介助というよりも搬送と設置というほうが適当な気さえした。

 レニスは少女に呼びかけるがいつも通り返事はない。

 少女は常に上の空で、話しかけてもめったに反応せず、レニスの呼びかけの殆どを無視した。母は「私たちの声が聞こえていないのよ」と表現したが、話しかける側にしてみれば、聞こえないのも無視されるのも違いはなかった。

 辛抱強く呼びかけると、ふと気づいたようにこちらを見る。そのときに限っては、一応こちらの言葉は理解しているらしい。

 食事や就寝などのときは少女の耳に届くまで辛抱強く呼びかけ、用を済ますといった具合であった。

 母は、自分のことレニスのこと街のこと、様々なことを少女に語りかけた。少女の返事はないが、母の話題は尽きず、毎日たくさんの話題を少女に話しかけた。

 レニスは少女に「夕食だよ」とだけ声をかけ、テーブルへ誘導した。

 

 

 ある日、母は茶話会だと言って近所に住む友人ふたりを呼んだ。

 母の友人たちがテーブルにつくと、母は少女をテーブルにつかせるようレニスに言いつけた。レニスはしたくなかったが、反対しても結果が同じになるのは目に見えていたので、少女を窓際の椅子から立たせ、茶話会の席へ連れて行った。

 母のふたりの友人は、この時まだおとなしい女の子という程度の認識しかしていなかったようだ。

 レニスが少女を席につけると、母も付き、レニスにも座るように言った。

「今日はこの子を紹介したかったの。戦争孤児だったのだけど、うちで引き取ったのよ。フェネラって言うの」

「はじめましてフェネラちゃん」

「よろしくね」

 母の友人らは少女に挨拶する。レニスと母だけが予測できたことだが、少女は呼びかけに全く反応しなかった。

 母の友人たちの表情に疑念が混じる。

 レニスはこの場から逃げたかった。

「フェネラはショックで話すことが出来ないの。でも時々話しかけてやってくれると嬉しいわ」

 母の友人らの顔は一瞬だけ完全にひきつった。そしてすぐに気の毒そうな笑みを作り、少女への誉め言葉で繕いにかかった。

「大人しくて、可愛らしい子ね」

「きれいな金髪、お兄ちゃんと似ているわ。まるで本当の兄妹みたい」

 本当の兄妹だって?さっき顔をひきつらせていたくせに!

 レニスは叫ぶ代わりに、友人と約束があったことにして家から逃げ出した。後ろで母がレニスを咎めるのが聞こえたから、帰ったらガミガミ言われるだろう。それでも今はこの場を離れたかった。

 

 

 

 レニスは少女が好きではなかった。

 レニスはあまり文句を言う性質ではなかったので、それらは自身の胸の内にしまわれるのみだった。

 レニスは、一生この少女の面倒をみなければならないのかと憂うつになったりもした。

 

「レニス、買い物にいくからついてきてちょうだい」

 母は買い物袋を準備しながら言った。

「今日は荷物が大きいのよ」

 荷物が多い、または重いのでなく、大きいという表現に引っ掛かりを感じ、レニスは母に尋ねた。

「膝掛けをこしらえなきゃいけないからよ」

 母は足の冷えに困っていたらしい、レニスは気がついていなかった。膝掛けが出来上がるまでの間、自分の防寒具を膝掛けの代わりに使ってくれて構わないと、レニスは申し出た。

「私のじゃないわ、フェネラが使うのよ」

 またぼんやりした少女の話になってしまった。

「朝晩は冷えるようになってきたから、窓辺に座るとき寒いだろうと思うの」

 毛の素材のほうが温かいわよね、などと言いながら母はレニスに少女を連れて家を出るよういいつける。

 母は少女を人に会わせたり外出させたがる傾向にある。レニスは、家に閉じ込めておこうとは思っていないが積極的に外出させたいと思わなかった。少女を見張っていなければならないのはレニスだったから。

 レニスはいつもの窓際へ顔を向けた。そこには、いつもと寸分違わぬ位置に椅子があり、違わぬ姿勢で少女が座っている。

 レニスは少女に近づき、買い物に出掛けるよ、と声をかけた。少女は反応しない。レニスはもう一度声をかけた。反応はない。

 今度は少女の肩に右手をおいて声をかけてみる。すると少女の目線だけがレニスに向けられた。レニスは自分の存在が認識されたことがわかったので、右手を肩に置いたまま左手で少女の手をとり立ち上がるよう促す。すると少女は素直に従って椅子から立ち上がってくれる。あとは方向を誘導すれば、少女は自分で歩いてくれた。

 レニスは母に続き、少女を連れて家を出た。

 

 レニスの住むカダスの街はそれほど大きな街ではないので、したがってレニスの家から市まではそれほど遠くない。

 カダスは神殿の見物と礼拝にやってくる観光客で経済活動が支えられている。カダスの神殿はたいへん有名なので、大きな街ではないが市はいつも活気があった。

 カダスには様々な店が軒を連ねる道があり、それに日替わりの露天が加わるのでカダスの者はこれを市と呼んだ。カダスの人々と巡礼者は、皆ここで用事を済ます。

 買い物客や商人が行き交う。店の品をひやかしてのんびり楽しんでいる者、仕入れた商品を急ぎ足で店へ運ぶ者、走り回る子どもたち、等々。

 人々の流れをぬいながら、母は目的の店へ歩く。レニスも歩く。少女もレニスに誘導されながら歩くのだが、少女の動きは緩慢としたもので、歩みはゆっくりだった。障害物に対しての反応もあったりなかったりで、しかし反応がある場合でも少女の動きは遅いから、前方から来る人間を避けきれなかったりといったことはよく起こる。そのたびにレニスは、少女を引き寄せて、人や物にぶつからないようにしてやらなければならないのだった。

 進む方向を誘導し、ときに引き寄せ、転びそうになれば助け起こすといったことを幾度も繰り返すと、ようやく最初の店へたどり着いた。

 いつも通りであれば最初の店でチーズを買った後、八百屋、肉屋と周り、今日は毛織物の店へもいかなくてはならないのだった。

 

 レニスは少女とともに母に連れ回された。母はいつもと同じように店をめぐり、最後に毛織物も購入した。

 やっと家に帰れる、と思ったとき、母はレニスに言いつけた。

「かどのお店で、小麦を二袋、受け取ってきてちょうだい。注文と支払いは済ませてあるから、商品を用意して待ってくれているはずよ」

 母は、香辛料をじっくり選びたいといって、さっさと人混みのなかへ姿を消し、毛織物を抱えたレニスと少女が残された。レニスと少女をふたりきりにさせて、仲良くさせたいのかもしれないとレニスは思った。レニスは少女に、食事とか就寝といった必要最小限の言葉しか発しなかったが、母はそれが気に入らないみたいだったからだ。

 レニスにはありがたくないことだった。少女を店に連れて行きたくなかった。連れていっても荷物運びを手伝わせるわけにはいかないし、少女を人の目に触れさせてあれこれ尋ねられると思うといっそう陰鬱な気分になった。

 レニスは少女をおいていくことにした。

 レニスは市場から少し離れた、森の入り口のあたりに少女とともに移動した。少女にここまで歩いてもらうのには、当然たいへん時間がかかったが、連れて行くよりはましだとレニスは思った。

「ここで待っていて。小麦粉を買ったら戻ってくるから」

 いつも通り少女は反応しない。伝わったか定かではないが、少女のことだから動かないだろう。問題なかった。

 

 レニスは買った小麦粉を運んでいた。

 森の入り口付近で待っている少女を連れて家に帰ろう。もっとも少女は何をするつもりもないだろうと思われるが、少女はそこにいるはずだった。

 少女はそこにいた。

 しかし不穏なものを同時に見た。

 付近の木と草の陰にわずかに動く黒いかたまりがちらと見える。獣だ。少女の隙をうかがっているのだ。周囲に関心ない少女は当然隙だらけだった。

 買った小麦の袋と織物を放り出した。地に落とした二袋のうちひとつが破れて中身が飛び出した。

 レニスは神殿の裏手へ走った。神殿の裏にぼろぼろに錆びた剣があった。子どもたちが振り回して遊ぶのに使われているものだが、選り好みできる余裕はなかった。

 レニスは剣をつかむと獣に向かって走る。

 間に合え!

 ーーいや、間に合わない方がいいのか。

 ーーじぶんには剣の心得はほとんどない。しかもこんなぼろぼろの剣でまともに戦えるものか。少女をかばってじぶんは死ぬかもしれない。なんだそれは。じぶんは死に、ただ息をするだけの少女が生きる。少女はじぶんより価値ある人間だとでも言うのか。

 牙が少女の喉笛に達しようかというとき、錆びた剣が獣を叩いた。獣は少女の足下に落ちた。獣はすぐに体勢を立て直し、レニスに向かって飛びかった。レニスは腕の動くまま獣を剣で殴った。獣は勢いを殺さずレニスに牙を突き立てようとした。レニスは更にめちゃくちゃに殴りつけた。

「離れてレニス!」

 声にはじかれてレニスは後ろへ跳んだ。

 獣の腹に矢が刺さり、獣はのけぞった。

 レニスは獣の頭部を狙って殴った。なるべく頭を狙って何度も剣を振り下ろす。振り下ろすたび、肉の崩れる感触、骨の砕ける感触が伝わってくる。獣の動きはにぶくなっていった。やがて口から舌を出して動かなくなった。

 獣から危険が消えたことを確かめると、レニスはゆっくり息を吐いた。戦っていた間はまともに呼吸するのも忘れていたようで、何度も深呼吸をした。

 緊張のあまり指が剣を握ったまま固まっていた。息が整ってくると、拳をゆっくりひらいて、剣を軽く握りなおした。

 矢の飛んできた方向を確認すると弓を携えたアーネスが立っていた。声の主はアーネスであった。

 アーネスは突飛な宣言をした。

「この獲物は私にちょうだいね。かわいい女の子を助ける手伝いをしてあげたんだから、いいでしょう」

 そもそも危険な害獣としか認識していなかったレニスは、獣の死体を、アーネスにとっての獲物を譲ることに反対理由はなくそのまま了承する。

 アーネスは獲物の四肢を手早く縄でしばると、いつもより大型な獲物を若干苦労しながら引きずっていった。レニスはアーネスの抜け目ない生活力にあっけにとらながら、運ぶ手助けもすっかり忘れてそれを見送った。

 

 しゃくりあげる声が聞こえる。

 嗚咽は少女のものだった。

 レニスははじめて少女の表情を見た。

 顔は涙でべたべたになって、頬に髪の毛がはりついていた。

 少女は、確かに生きていた。

 生きた表情をしていた。

 レニスは少女の髪に手を置いた。

 

 レニスはずっと尋ねたかったことを思いだした。

「ねえ、名前は?」

 少女は恥ずかしそうに赤くなり小さな声で

「ラウラ」

 と答えた。

「そうか。帰ろう、ラウラ」

あとがき

 ラウラはアイドルだからトイレ行きません。

 さて。

 血の繋がらないレニスとラウラが兄妹となったいきさつと、ゲーム中でちらっと語られる「ラウラが野獣に襲われたところをレニスが助ける」を消化する話でした。

 この時点でレニスは剣をたしなんでいませんが、これがきっかけで剣士になったかもしれません。

 

 ラウラの症状が正体不明ですが、世の中には未知の奇病がたくさんありますということでひとつ。

 

 レニス母は死亡した子どもの代替え品にしようというなどという心根ではなかったのですか、それにしても、レニスは母の行為を良く思いませんでした。少女は名づけられるまでもなく名を持っているはずで、それに大切な名を被せる行動は、レニスにとって気持ちが悪く感じられた、わけです。

このお話は、先に同人誌やpixivで発表したものです。

作品初出の日2014.09.21 サイトでの公開日2016.05.22 みん コトニエイ