今宵もまた月下の瞳と







 今宵は満月、月明かりが野営地を照らす。

 澄み切った空に浮かぶ月は、影までも映し出す。

 そこに、影よりも暗い漆黒がひとつ。それは瞬時に現れる。

 艶やかな黒髪を肩の辺りで揺らし、猫の如きしなやかな動きで野営地に近づく。

 その瞳は、月光を浴び金色に輝く。









 しかしもう、最初こそ驚いたが慣れたものである。

 やってきた影に向かって軽石を投げつけた。ほんの挨拶がわりだ。

「――!」

 ころん、と勢いを失った石が地を転がる。

「…ご苦労なことだな」

 影が、振り向いた。金の瞳が光る。

「また――来たね」

「それはこっちの台詞だ。毎夜毎夜…夜這いとは。感心しないぞ」

「いやだな、遊びにきたんだよ僕は。――ところでキミの名前、なんだっけ?」

「"リビウス"だ。いいかげんに覚えないものか」

「覚える気もしない奴の名は覚えない。でもキミのは覚えようかな、毎晩たずねるのも飽きてきたしね」

「こちらも毎晩答えるのはうんざりだ」

「ふふふ…君らしいね、えーと…リビウス」

 見開かれた目がまた、妖しく輝く。

 その金の瞳の主は、傭兵団の野営地には似合わぬ少年であった。年齢を推測するなら十二、三…しかし変声期はまだのようだ。淀みのない美しいアルトで生意気な文句を並べていく。

「ところでリビウス。なんだい今日のザマは。僧侶がいないからキミが回復補助を兼ねる、って団長に言われてなかった?」

「余計なお世話というものだな。私はただリーダーに従っていただけだ。探索ではリーダーがすべてを決める。お前も良く知っているだろうに」

「ああそれは良く知っているさ。でも痛々しくて見ていられなかったよ、特に今日はね。万が一ってこともあるから他のパーティーの助言というのもあるんだろう?
――まったく。同じパーティで」

「何だ」

「――なおかつ隣で戦っていて――」

「何だと言っている」

「――彼女の怪我は決して浅くなく、危険だったというのに――」

「はっきりしろ」

「――はっきりしちゃっていいのかな?」

「…な」

「ハヅキ。はっきりしちゃったよリビウス」

 少年は、悪戯を思い付いたかのように眼をくりくりと動かす。

「今日は彼女がリーダーだったね。もちろん彼女は自身の回復を頼んだりしない。狙った獲物を、対峙した相手をみすみす逃すようなことの方が、彼女にとって重大なんだよ。問題はそこだ」

「リーダーの戦法に口出しはしない。団長が性癖までも見越してリーダーを選んだのだからな」

「団長ね。じゃ、その団長ごときに」

「『ごとき』とはなんだ。失礼じゃないのか」

「いいや僕には関係ない、言わせて貰うよ。団長の選択が間違っていて、みすみす死なせてしまったとしたら?」

「傭兵の生死に関しては団長の責任になる。お前が思っている以上に団長の権限は大きいんだ、覚えておけ」

「へーえ。じゃ、その団長様が責任取っても、死人は生き返らないよ?どうするの?」

「兵というのは死ぬことすら半ば仕事のうちのようなものだ。だからこそ死の話題はタブーなんだ。教えてやったのだから心に留めておけ」

「もしハヅキが死んじゃったら、僕は君を呪うだろうね」

 畳み掛けるような質問攻めに、リビウスも返答に困っていた。真面目な性格も手伝って、力ずくで追払うことが出来ないでいる。

「…はっきり言うな」

「あぁまったく。見守るしかできないボクの身にもなってほしいな。わかるの、このじれったさが?本当なら今にも翔んで行きたいのに、最もそばにいるキミはただぼーっと突っ立っている」

「ぼーっと突っ立って…だと?」

「その通りさ。なんで助けてやりたいと思わないんだい?僕から言わせて貰えばあきれたね」

「そんなに助けたいならお前自身が『翔んで行け』ばいいんじゃないのか」

「おっと。僕はもう争うのはやめたのさ。争って手に入る愛はないんだから」

 子供ながらの純粋な童心で、堂々と言って退ける。もともと子供が嫌いな彼は、これを大の苦手としていた。

「…………よく言うな」

「それに。また見当違いの攻撃仕掛けられたら嫌だからね。痛いんだよ」

「言っておくが、私はそれに加担していないぞ」

「知ってるよ。キミが、ハヅキの危機かもしれない時に、助けにも来ないでのんびり待ってたってことはね。そりゃあ良く知っているさ」

「…貴様」

「今日はこのへんにしておいてあげる。また明日かな。キミは来なくていいんだけど、どうせ来るからまた会っちゃうでしょ」

「いい加減に夜に忍び込むのはやめておけ。私も容赦しなくなるぞ――カッツェ」























「本日の出陣メンバーを発表する。前衛、ジョシュア、リビウス、ハヅキ。後衛、ジュラン、ミロード、アイギール。リーダーはジョシュア」
「はっ」
「探索を兼ねた訓練とする。目安は地下八階。僧侶が居ないので回復用アイテムを多めに持っていくように。個数は任せる。マールハルトから受け取れ。その旨はすでに伝えてある。武運を祈って居るぞ」
「承知しました。では準備が出来次第探索開始致します」
 ジョシュアはくるりと踵を返すと、早速本日のメンバーに指示を出す。
「ハヅキとアイギールはマールハルト助言役から薬を貰ってきてくれないか。すでに用意されているはずだから。でもできれば質より使える回数が欲しいと頼んでくれ」
「うん、わかった」
「行ってくるわ」
 ハヅキとアイギールを見送り、リーダーは続けて指示を出す。
「ジュランとミロードはすぐに準備。魔術師はいろいろと時間がかかるだろうから」
 それぞれ準備に出た四人を見送り、ジョシュアとリビウスのふたりが残された。
「…ジョシュア。魔術師は…何をあんなに時間をかけて準備するんだろうな…何か知ってるか?」
「いや、僕もさっぱり。でもそれでうまく進行できるんだからいいんじゃないかい」
「…怪しいと思わないか」
「……ちょっと、ね。怖いかな…」
 リビウスはしまったと思うがもう遅い。出撃前にすべき話題ではなかった。味方を怖がってどうするのだ、話にならない。
「僕はルートの確認と地図をとりにマールハルトのところへ行くよ。悪いんだけどリビウス、僕の装備も取ってきてくれないか?」
「いつものでいいのか?」
「そう。よろしく頼んだよ」
「わかった」
 作戦室のテントにジョシュアが消えるのを見届け、リビウスは自身のテントへ…は行かず、ジュランを追った。
 ジュランは彼ひとりでテント一つ占領している。しかし格別な扱いをされているわけではなく、実際には彼の飼育する猫たちの家になっている。
 入り口に立って、あきれた。少々、怒りもした。予想はしていたが。
「何に時間をかけているかと思えば…」
 餌やり。猫たちのためにキャットフードやら朝食の残りやらを皿に入れ床に並べている。
 謎は解明した。ミロードはどうなのか知らないが。
「おやリビウス。自分の準備はいいんですか?私や猫たちのことなど構っている場合ではないでしょう」
「誰が猫に構うか誰が。私が用があるのはお前だジュラン」
「では餌を用意するまで待っ」
「ふざけるな」
「しょうがない人ですね」
 ジュランは撫でていた猫を下ろし、代わりにいつもの黒猫を肩に乗せて立ち上がる。
「用は何ですか」
「私はいつもその奇行にはずっと文句を言いたくて仕方が無かった」
「奇行ですか。小動物を可愛がって何がいけませんか」
「猫だけじゃない!その他数々の…いや今はいいんだ」
「だから何だと言ってるじゃないですか」
「……ふぅ」
 冗談の通じない、真面目な青年騎士。額にピクピク浮き上がりそうになる血管を押さえ、ひとつ深呼吸する。
「ペットの管理くらいしっかりしろ。それだけだ」
「ペットですか?私の同居猫ですよ」
「あーもう同居猫でもなんでもいい!夜に出歩かせるな、テントで寝せておけと言っているんだ」
「猫は夜行性ですからね」
 ミもフタもない。
「外に出すな、頼むから!特にその肩にのってる猫だ!」
「この仔がどうかしましたか」
「夜ふらふら歩いているだろう、非常に迷惑だ。それに不審者と間違って遠距離で狙撃されたらどうするつもりだ」
「不審者?こんな辺境の地までピクニックにやってくる人間が居るなら、ぜひ拝見したいものです」
「ふざけるな。とにかくその猫だか化け物だかをどうにかしろ。猫ならカゴに入れておけ」
「どうするも何も。私はテントの出入り口を開けたまま寝るようなことはしていません」
「そうだったな…見当違いだったか」
 言葉の全てをかわされ続けた彼は、もう一度深く深呼吸した。根が生真面目すぎるために、こうでもしないと頭が沸騰してしまいそうなのだ。
「そうだ…おまえだよ黒猫」
 半ば疲れた顔で、ジュランの肩を指差す。そこにはもちろん、その毛並みの美しい黒猫が一匹乗っていた。
「今度、夜にふらふら歩いていようものなら今度こそ容赦しない…解ったな。どうせ猫の姿でも言葉は通じているんだろう?」
 黒猫は確かに答えた。ニャー、と澄ました顔で。
 しかし、彼はお気に召さなかったらしい。
「本当に承知したのか貴様は…っ」
「知りませんでしたよ、以外に猫好きなのですね。猫たちと遊んでくれるのなら、それはそれで嬉しいんですけどね」
「誰が」
「リビウス。自分の準備をしないと遅れてしまいますよ?」
「うぐぐ…」
「あれリビウス?なんでこんなところに。僕の装備品は?」
「ぅぐ…」
「待たせたわね。あら、リビウス準備はまだ?珍しいわね、いつも早いのに」
「ぐ…」
「ポーションたくさん貰ってきたよ。…あれリビウスどうしたの?」
「……」
 なんでなんだってどうしてなぜこんな時に。悪い事というのは、いつだって連鎖反応。
 柔軟性のないエリートは、苦労ばかりである。
 まだ出発前だというのに、彼は既に疲れ果てていた。









 そして黒猫はどうなったかというと、以前と変わりなく毎晩特定のテントの周りをうろついている。

 ただし最近は、"少女の様子を見る"他に"青年をからかう"予定が追加されたとか。





 容赦しない、といった彼はどうしたのかというと。

 結局。聖職者である彼が、少年を制裁することなどできるはずも無いのである。




















かじきまぐろ様のところへ投稿した小説の完全版です。 投稿したモノは、ウケを良く(?)するため、最期に駄文が入ってます。

ツッコミそのいち。えー団長との会話なのですが。
…私の硬い会話はよく読むと妙な日本語をたくさん見つけることが出来ます。硬いんだけど格好良いの、憧れなんですよ。しかし誰に見られることもないたった20人弱の団長なので、実際にはもっと軽い感じでしょう。『累卵の朱』の読みすぎです。はい、その通りです。黒瞳様はとても格好良いです(←訊いてない)。
そして、そのに。猫くんですが、ジオアドでは一人称『私』だっただろうとか色々つっこみどころはあるかと思います。しかし忘れてはいけません、彼・彼女は幻猫(精霊)です。ハヅキには小さな男の子に見え、ジョシュアには女の子に見え、リビウスには生意気な少年に見え、ジュランには…猫にしかみえないかもしれません(笑)。