哥鞍・2

 今日の任務は、単純なワーキャットの退治。メンバーは、自分の他には、戦士のガノックス、そして盗賊の哥鞍。
 …なぜこうも、やりにくいメンバーばかり。国王様も、お人が悪い…。
 せめて、自分がリーダーじゃなければ。…と言っても一番レベルが高いのはどうしても彼なのだ。こればかりはどうにもならない。
 どうしても嫌なら名乗りを上げなければいいのだが、それではせっかくここへ来た意味もなくなってしまう。
 せめて、クレイドと同じパーティだったらなあ…。
 かなりの確率で叶いそうにない望みを胸の中に思い描いていると、むこうからストローメアがやってきた。何だか、浮かない顔だ。
「どうかしたのかい、ストローメア?」
「ああ、ホロウィーね…別になんともないのよ」
「なんともない、って顔じゃないけど」
「………これから任務なの」
「誰か、一緒になりたくない人と組まされた?」
 ストローメアが任務に対して付ける文句と言えば、パーティ編成くらいのモノだ。自分以外、むさっくるしいヤツばかりだ、強力な魔法使いが必要だからって双子の魔法使いと一緒にしないでよ、…等。
「いいえ、誰とも」
「誰と、組むの…」
「誰とも、っていってるでしょ!」
 ストローメアが言葉を遮った。
 え、と思ってストローメアの表情を見てみる。弱みを決して外に出すまいと頑張る彼女の表情からは、不安と、不安がる自分に対する屈辱、などが見て取れた。
 ──まさか。
「ま、私の実力を考えてみれば、全然不思議なコトじゃあないけどね。独りで戦うのなんて、何ヶ月ぶりかしら。気の済むまでメッタメタにしてくるとしましょうか」
 ひきつった笑いを浮かべながら、任務の準備へとむかって行く。その歩く後ろ姿は実にぎこちない。
「……信じられない」
 一人で任務へ出すなど…国王は、気が変になったのだろうか…。


「今日の任務のリーダーは僕です。メルクバッハに現れるワーキャットを退治します。今日は僧侶がいないので、怪我などには十分注意をして下さい」
 まず、集合をかけて、任務の内容を伝えた。冒険者は任務遂行の前に一旦ここへ集まることになっている。
「すぐに準備を始めて下さい。一時間後に出発します」
 いってから、ふうと一息ため息を付く。パーティの最年少というのもなかなかやりにくい。
「いつもおもうけど、むさっくるしいメンバーよねぇ…」
「そう言うことを言うのは止めてくれよ、ストローメア」
 気が付くと彼女がそばに来ていた。
 独りで任務へ向かう彼女には来る必要はないのだが、一応規則なので来たらしい。こちらも報酬はしっかりもらっているため、仕方がないのだ。
「いかにも、『余り物』ってかんじのパーティよね」
「…ほっといてくれ。自覚ないわけじゃないから」
「あら、そうだったの?ごめんなさいねぇ〜」
 楽しそうな態度を隠そうともしないストローメアに、知らず知らずのうちに攻撃魔法を唱えてしまいそうになる。いったい、何がそんなに楽しいというのだ。
「そうそう、これも気になってたんだけど……。何で、貴方、敬語使ってるの?」
「え?」
「普段の話じゃなくて。任務の話よ、に・ん・む。リーダーなんだから、敬語使わなくたっていいんじゃないの?」
 リーダーなんだからびしっと決めろ、と言いたいらしい。
「だって、みんな年上の人だし…」
「そーいうものなの?私なんて、リーダーになったらエレノーラやクロウにも平気で色々言ってるけど…」
「……」
「あ、でも、哥鞍には命令口調って出来ないわよね」
 なぜだか、同情するような口調で言う。
 哥鞍。一緒にパーティ組みたくない人No.1。
「ま、私は属性が違うから組むことなんて無いけどね。みなさん準備が終わったみたいよ。武運をお祈りしてるわ、じゃあねホロウィー」
 哥鞍がこっちへ歩いてきたからだろう。さっさと出発してしまった。「哥鞍について教えろ」などと言ってくるくせに、近寄りたくはないらしい。
 ストローメアの姿が完全に見えなくなった後、ガノックスが鎧を付けて現れた。
「では、行くとするかの」
「え、あ…はいっ。それでは、出発しましょう」
 全身ピンクの斧使いの爺さんと、黒づくめの忍者、そして風使い。ストローメアが言ったとおり、やっぱり余りのメンバーかもしれない。
 しかし、何故わざわざ顔まで隠すのだろう。以前クロウに聴いたら
「そう言う文化を持つ国の人間だからじゃないのか」と素っ気なく答えてくれたが。顔を隠さなければこんなに怪しまれ、嫌われることはないのではないだろうか。
 …とても、怖くて「どんな顔してるんですか」なんてきけないし、「フードを取ってみたらどうですか」とも言えない。
「どうかなさったか、ホロウィー殿」
「い、いや、なんでもありません、よ…」
 任務の最中だというのにぼーっとしていた。しかし、この心臓の悪さは何とかならないものだろうか。
「今日は、いつも通りに哥鞍さんには後方支援と背後の警戒をお願いします…ね?」
「承知した」
 ……声が裏返りそうになったのが、ばれてしまったかもしれない。何故こんなにも緊張して話さなければならないのだろう?
「ガノックスさんは、僕の攻撃の援護をお願いします」
 こちらと話す方が、何十倍もマシだ。
「うむ、了解したぞ」
 こうして、全身ピンクのジジイ・胡散臭さ大爆発の全身黒づくめ男・力と気の強さではどんな相手にも勝てない魔法使いの三人は、メルクバッハへ向かって歩いて行く。


 ストローメアは、すでに任務を済ませ、帰るところだった。「どんな生物であっても、全滅させては生態系が崩れてしまう」という国王の考えで、国民を困らせているモンスターの大半を退治すればよいことになっている。この考えは人々の大半も承知し、支持しているので、このために民衆からの評判を悪くすることはない。
「以外と、簡単だったわねぇ…」
 独りで任務に来ているため話す必要も特にないのだが、何も音のない場所でじっと黙っているのは苦痛だ。実は彼女もまた、臆病者だったのかもしれない。
「ひとりの任務って、もっと大変かと思ってたわ」
 さて、帰らなければ。依頼人に完了の報告をしなければならない。…さて。
「…………あら?」
 たしか、北へまっすぐ進んできたのだが。
「おかしいわね」
 何処まで南へ行っても、さわやかな木々のにおい。眼によいといわれる、緑たち。
「……」
 考えたくはないが、まさか、ここまで来て…。
「今日中には無理かもしれないけどっ。ま、どっか歩いてりゃ帰れるわよねっ!」
 そう言って再び歩き出す。独り言は、周りに虚しくエコーする。
「…」
 ああ、自分の、自分だけのための、自分による励ましの言葉なのだ…森の静けさが嫌と言うほど自覚させてくれた。
 ──その時。
 …ガサ、ガサッ…
 右前方の茂みから聞こえてくる、葉と葉の触れ合う音。
 非常に嫌な予感がした…。

次へ
前へ