神秘オタクのゲルダさん

イタクァの復活を目論む妖魔軍の鎮圧と解体に成功したのは、元ルーディー隊、開拓村の少年少女、ティムカの有志からなる混合軍であった。

目的を達成した混合軍は今、解散の時を迎えていた。

彼らはそれぞれの道を歩き始める。

「さあゲルダ、わたしたちも出発しよう」

ゲルダは妖魔軍との戦いが終わったら、世界中の神秘を巡る旅に出ると決めていた。それはエルアネルの信条と重なるところがあるものだった。神秘的なものには大抵、女神か妖魔が関連している。神と自然を崇め、妖魔の根絶を理想とするドルイドのエルアネルもまた、女神と妖魔は目指すべきものなのだった。

「ところでゲルダ、最初に目指す場所は決まっているのかい?」

「そうよエルアネル」

ゲルダはハッと何か思い出したような表情になり、

「私ぜひ見たいものがあるの」

楽しみでたまらない、キラキラした笑みを見せた。そして踵を返して歩き出す。

ゲルダの足取りは生き生きと弾み、結わえた髪が跳ねる。後ろ姿を見ながら、傭兵としての旅とは異なる彼女を間近で見守れることを、楽しみに、幸せに、エルアネルは思う。

エルアネルは楽しげな足取りの彼女の後ろをついていったのだが、

「ゲルダ。妖魔軍の本拠地まで戻ってきてしまったようだが……」

「ここでいいのよ」

正確には妖魔軍の元本拠地である。妖魔軍の生き残りは解散して逃走し、一緒に戦ったブレッドたちも去ったのでここには誰もいないはずなのだが。

エルアネルの疑問をよそに、ゲルダはずんずん歩いて中に入っていってしまう。エルアネルはあわてて追いかける。

「ここにはもう誰もいないよ。みんな次のことを成すためにそれぞれの道へ行ってしまったんだ」

「いいえ、ここでいいのよ。私、赤い部屋に行きたいの」

「赤い部屋?」

「ブレッドたちがイタクァと戦ったと聞いて……羨ましくて仕方なかったんだから!」

妖魔軍の本拠地へ攻めこんだとき、奥へ続く通路が二方向あるのに気づき、ルーディーはふた手に分かれることを提案した。ゲルダとエルアネルを含むルーディー隊は右を選んだが、そこは全妖魔軍を指揮するギルガンが控える部屋であった。開拓村とティムカの面々からなるブレッド隊は左の赤い通路を進んだのだが、その先ではイタクァの召喚が行われていたらしい。ブレッド隊はイタクァを倒した後、ルーディー隊の応援に駆け付けてくれたのだ。

ゲルダとエルアネルが左の奥へ続く通路を進むと、真っ赤に装飾された薄暗い部屋に着いた。善からぬことをするために装飾されたその部屋にいるだけでエルアネルは心穏やかでいられないのだが、ゲルダは部屋の趣味の悪さなど気にせず進んでいく。

イタクァの死体は、妖魔軍がしつらえたらしい巨大な祭壇の上にあった。

イタクァの姿はあえて表現するならば巨大な人間が俯せに倒れているようであったが、色と頭部の形状は大きく違っていた。皮膚は爬虫類や両生類を思わせる緑色であった。脳が肥大したような頭部はもっとも損傷が激しく、潰れかけていた。ブレッドたちがイタクァと戦ったときに頭部を重点的に狙ったのだろう。潰れていなかったとしても、エルアネルとゲルダが今まで見てきたどんな生物とも似ていなかっただろうと思われた。

エルアネルは、慎重に歩いて祭壇に近づいていく。

イタクァが、祭壇からふたりを見下ろしている。頭部が潰れていてもなお伝説の妖魔のオーラをまとっており、それはエルアネルの恐怖心を呼び起こすのに充分すぎた。

エルアネルを置いてさっさとイタクァの祭壇へ上ったゲルダはためらいなくイタクァの死体に触れた。

「ゲルダ!触っちゃ駄目だ!」

「何故?」

「何故って……。ほ、ほら、もしかしたら体の表面に毒があるようなタイプの生き物かもしれないだろう」

「それもそうね、不注意だったわ。でも大丈夫みたい」

ゲルダは、ほら、とイタクァに触れた手をエルアネルに振って見せた。

エルアネルにとっては死体であっても恐怖を感じる物体なのだが、ゲルダにとっては知識欲を満たすための研究材料でしかないのである。

「これが生きて動いているところを見てみたかったわ。そう思わない?」

「それは、恐ろしいよ、ゲルダ、」

「イタクァは強かったというけど、どんな方法で攻撃するのかしら。祭壇の上にいるということは、きっと召喚されたままの場所にいるんだわ。おそらく遠距離を攻撃できるから移動する必要がなかったのね!」

ゲルダは、エルアネルの言葉は耳に入っていておおよそ理解しているのだが、エルアネルの心中を察し的確な言葉を掛けてくれるいつもの彼女ではなくなっている。

「頭に袋状の器官が潰れた跡があるわ。あれが攻撃方法に関係しているかもしれない……!」

「ゲルダ、もうやめよう、恐ろしい妖魔は退治されたんだよ……」

イタクァを眺めたり触ったりしてはしゃいでいたゲルダだが、ふとエルアネルを振り返り、

「ねえ、エルアネル。イタクァの死体なんだけど、持って帰れないかしら?もしくは保存したいわ」

「無茶いうなーっ!」

ゲルダについていくしか選択肢のないエルアネルも、ごく稀に、ゲルダに怒鳴ることがあるのだった。

このお話は

このお話は、先にpixivで発表したものです。

作品初出の日2014.06.27 サイトでの公開日2016.05.22 みん コトニエイ