After Wing Lancer

エンディング後、百鬼につかまった十蔵。

 百鬼は目の前の大金に目を輝かせ、満足げに頷いた。もっとも、用途が既に決定している大金であった。

 百鬼は腕利きの賞金稼ぎだが、同時に借金王でもある。彼女の狩りはいささか過激で、追跡中の流れ弾による周辺被害で賠償金は膨れ続けている。

今回百鬼が借金返済のために捕らえたのは、高額賞金のかかった大盗賊、虚空院十蔵である。

 実のところ、十蔵の賞金をもってしても借金完済には至らないのだが、戦闘に勝利した高揚感もあって、百鬼は満足していた。

 十蔵はよく生きていられたものだと感心した。全壊といって間違いないくらいのハルバードのなかで辛うじてコックピットとその周辺だけが残った。彼を宇宙空間に放り出さないだけの機能しか残されていない。

 百鬼のウイングランサーがゆっくりとハルバードに近づく。

 ウイングランサーから橋が伸びてきて複数の板状に展開し、それらが筒状の空間を作った。筒の端はウイングランサーに、反対側にハルバードのコックピット部分をを連結し、ふたつの艦を行き来できるようにした。

 十蔵は小型軽量設計に感心した。強度に不安がありそうだが、小さくたたんで収納できるため、これならばウイングランサーのような小型戦闘機でも搭載できる。

 十蔵はしばらく目を閉じて休んでいた。

 やがて連結部から音が聞こえはじめ、コックピットのハッチが外から開けられる。そしてハルバードに百鬼が現れた。

「つかまえたわ私の賞金!」

 百鬼が叫んだ。

 ハルバードのコックピットは広い。数人から十数名のクルーで操縦することを前提に設計されているためである。十蔵が主となってからは、メインの操縦席に座ったまますべての機能へ命令できるように改造されていた。

「これをひとりで操ってたってわけね。やるじゃない、私の趣味じゃないけど」

 百鬼はコックピットをぐるりと見回して言う。

「悪いけど縛らせてもらうわよ」

 十蔵は返事をしない。百鬼はどこからか縄をひっぱり出し、手早く器用に縄をかけていく。

「あんたの処遇はどうなるか知らないけど、これからあんたを連れて賞金を受け取りに行くわ。大人しくしていてちょうだいね」

 十蔵は百鬼の言葉を聞いているようにも無視しているようにも見えた。少なくとも抵抗せず、縛られるままであったので、百鬼にとって問題はなかった。

「大きな怪我はしてないみたいだから、歩けるわね。さ、立って」

 百鬼は十蔵にかけた縄をひき、連れて橋を渡ると、ウイングランサーの操縦席の後ろに縄を繋いだ。

 百鬼は小さな操縦席に座ると、ウイングランサーの移動を開始させた。

 ハルバードを連結したまま、ゆっくり前進する。この残骸が、捕らえた男が本物の虚空院十蔵であるなによりの証拠品となっただろう。

 十蔵は連合保安庁に到着するまでの間、ウイングランサーの狭いコックピット内を眺めて過ごした。

 連合保安庁本部は、その建物と周辺だけ半世紀前に戻ったかのような印象を与える。

 屋内もまた同じで、何もかも野暮ったい。毎日清掃はされているらしく、目立つところに埃はないが、老朽化からくる不潔なイメージは拭えない。

 照明は整っているがどこか薄暗さを感じる室内で、大勢の職員たちは沈んだ表情で息をしている。

 それに向かって、満面の笑みで百鬼は叫んだ。

「虚空院十蔵を捕まえたわ。賞金をちょうだい!」

 女の背後に立つ男を見て、周囲は騒然となった。その大男は非常識な賞金額で有名な虚空院十蔵であった。破格値の賞金首はめったに捕らえられるものではないし、もし捕らえられても生きていたためしがない。

 その男が、小柄な女の後ろで大人しく縛られているのだった。

 逃走中の賞金首の張り紙そのままの容姿、服装であることから、十蔵が変装すらせず逃げていたことがわかった。それは職員たちをますます驚かせた。

 動揺するだけで動こうとしない職員らに百鬼は苛立つ。その空間で、捕縛された十蔵だけが落ち着き払っていた。

「誰があたしに賞金をくれるのよ!」

 百鬼の荒っぽい発声をうけて、ようやく職員の何人かがのろのろと動き出した。

 個人が艦を所有し自由に宇宙を駆けるこの世界でも、ペーパーレス社会は訪れていなかった。役所という場所は書類の山を積み上げで忙しそうに見せる天才で、金を回収する仕事だけが素早く、そうでない仕事は鈍い。

 職員たちが、なんとかの書類がないとか言いながら棚を引っかき回している。

 百鬼はところどころインクで汚れた古いカウンターの前に立って、職員を待った。その後ろには捕縛された十蔵が無言で立っている。

「借金の督促なら光の速さだってのに」賞金を目の前にして上機嫌だった百鬼だが、職員たちの対応に一転して不機嫌になる。

 やがてひとりの職員が何枚かの書式を持ってやってきた。

「こちらはお名前だけでけっこうですが、こちらにはお名前と場所と日時を」

 長々と書式について説明をしていく。

 百鬼は言われるまま乱雑にペンを走らせる。このつまらない作業を終わらせないと賞金は手に入らないのだ。

 百鬼が三枚目の書類に取りかかったときである。

「忘れていないか。なぜ俺に賞金がかけられていたか」

 誰の声か理解するまでに数秒要した。十蔵が百鬼の前ではじめて口を開いたのだった。

「……あんたは泥棒だって、賞金首リストに、」

 書いてあった、と言いかけて、百鬼は十蔵を見た。

 十蔵の身体から縄が消えていた。

 さっと腕がのばされたかと思うと、十蔵は百鬼を抱えて走りだした。百鬼の視界がくるくると変化する。あっという間に十蔵の肩へ載せられた。

「なにすんのよ!」

 十蔵の右肩の上で百鬼は喚く。

「降ろしなさい!」

 百鬼の両脚は十蔵の右腕と胸の間に挟められた。身をよじろうとも固められた両足は動かせない。腕で十蔵の背中を叩くが腕はゆるまない。

 百鬼はあっさりと十蔵に運ばれていく。

「降ろせ、この!」

 百鬼は後悔した。自分の甘さを悔やんだ。生死問わずの賞金首だったのだからとどめをさせば良かった。たまたま生きていたからそのまま回収した、それだけだったのだから。

 情けをかけたつもりは毛頭なかったが、こんな事態になるならばハルバードのコックピットごと破壊しておくべきだったかもしれない。

 十蔵が向かった先は、なんと繋留されているウイングランサーであった。

 百鬼を肩から降ろすなりコックピットに押し込む。

「飛ぶぞ」

「ちょっとなんなのよ」

「ぐずぐずしていると追いつかれる。ロック解除はここか」

「勝手に触らないでよ!」

 十蔵はウイングランサーの起動ロックを解除して発進させた。ウイングランサーはトップスピード目指して軽やかに速度を上げていく。

起動からスピードに乗る速さは、十蔵を満足させた。

 重りをぶら下げているので、捨てればもっと速いだろう。

「あれの切り離し方を教えろ」

 あれとは十蔵の愛機ハルバードの残骸である。

「ここはあたしのウイングランサーよ! あれこれ命令しないで」

「では切り離しの操作をやってくれ」

「私はあんたをつきだして賞金をもらう用事があるの! まだ賞金をもらってないのよ!」

「俺を追っている役人がいるはずだ。俺もろとも撃ち落とされたくなければ、切り離して速度を上げたほうが良い」

 百鬼は青ざめた。借金返済どころではない。

 今は生き延びることを最優先にせねばならない。百鬼は嫌々ながらハルバードを切り離しスピードを上げた。

 百鬼はウイングランサーから十蔵を追い出さなければと考えた。いやせっかく捕らえた大型賞金首を逃がすのは惜しい。現状は十蔵に主導権を握られ、百鬼自身が捕らえられているともいえる、ここは百鬼のウイングランサーなのに!

 百鬼には対人戦の心得があったし少なからず腕に自信もあったが、この大男相手に正面から喧嘩を売る気にはなれなかった。虚空院十蔵は世界中に名を轟かす大盗賊である。面と向かって戦っては勝てない見込みのほうが強い。

「そういえばあんた一体なにを盗んだの」

「ハルバード」

「え」

「ふと気づいたら、すぐそこにあったから、拾った」

 道端に落ちていた硬貨をくすねた、くらいの気安さである。一億二千万の賞金がつくわけだ。

「これはウイングランサーと言うのか」

「え」

「小型で小回りが利くというのも面白いものだな」

 十蔵は大きな口をつり上げにやりと笑った。

 百鬼は十蔵の目論みを正確に理解した。その目論みは成功したことも理解した。

「返せっあたしのウイングランサーッ!」

あとがき

 今回のお話について。虚空院十蔵は大盗賊としてとんでもない金額の賞金がかかっていましたが、何を盗んだかは作中で明らかにされていません。まさかのハルバードそのものだと面白いなと思いました。そして彼の次の獲物はウイングランサー(百鬼ごと)というお話でした。こんな感じでルードブレイカー続編が出てくれたらハッピーなんですけどね。<_p>

 いつも魔導、デビルフォース、ジオコンなど剣と魔法のファンタジー世界にいますので、サイエンス・フィクション(と言っていいのかしらこれ?)たいへんでした。「ぼくのかんがえたすごいSF」で乗り切ったものの、その妄想さえ難しかったです。たいへんでした(二回言った)。

このお話は、先に同人誌やpixivで発表したものです。

作品初出の日2012.10.14 サイトでの公開日2016.05.22 みん コトニエイ